とある街の一角
少し開けた土地に中庭のある小さなビルが建っていた。
暑い陽射しと涼しい風が程よく調和し過ごしやすい気候を創り出す季節。
夕方にもなれば陽射しも落ち着き少し肌寒くも感じる程である。
中庭に備え付けられたテーブルと椅子だけの簡易な休憩所に独りの男性が腰掛けていた。
鋭角な輪郭に狐の様なつりがちの細長い目を薄めに開いてパッと見、常に笑んでいる様な表情が特徴的なその男性は
手のひらに納まる位の文庫本を開いて時折風に揺られた髪をかき上げながらページを捲っていた。
「秋は夕暮れ。夕日のさして山のはいとちかうなりけるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり、か」
オレンジ色に染まった空を舞う鳥を見上げながら男性は文庫本を閉じた。
「ふーむ」
特に何をする訳でもなくただ椅子に座りぼーっと空を見上げていると不意に後ろから呼ばれた様な気がした。
「ん?」
「やっぱりここにいたかぁ」
笑顔を携えて一人の男性が近付いてくる。
「やぁ、何か用事かい?主席殿」
その言葉に近付いてきた男性は苦笑した。
「全く、用事が無きゃいけないのか?」
ははっと軽く笑いながら彼は椅子に座る彼に用件を伝えた。
「特別講師殿がお呼びだそうだ、君を」
「僕に?何の用事なんだろう?いつ頃行けば良いのかな?」
彼が言うと近付いてきた男性は考える様に腕を組んだ。
「帰りがけで良いそうだよ。さーて、なんの話しだろうねぇ。ただ―」
右手の親指を口に当てて爪を噛む。
「特別講師の呼出し…何か有りそうだね」
「ふ〜ん、まぁそれは兎も角その癖止めた方がいいと思うけど?」
言われて男性は口から爪を離した。
「あー…ははっ。そんなすぐ止められたら癖とは言わないだろ?」
「それもそうか」
釣られて男性も軽く笑った。
「そう言えば、主席殿の方はどうなんだい?現役の方に付いていってるんでしょ?」
「んまぁ、学ぶ事は多いよ。ここでは学んでない事が沢山あって大変だね」
椅子に腰掛けて男性は言った。
「なるほどねぇ」
「まぁ、それでも―」
男性は大きく伸びをした。
「いつかは先輩と同じ立場に立って、歌の上手な子のプロデュースがしたいな。如月 千早さんみたいなね」
少し照れ臭そうに男性が笑うと彼は再び空を見上げた。
「それが君の夢、か。僕はどうなることやら…」
「君も出るのは早いだろうさ、特別枠殿?」
フフンと男性は自慢げに言った。
「皮肉を皮肉で返したか…」
「いつも言われてるからね」
二人が喋っていると遠くの方でコーヒーを片手に近寄ってくる男性の姿がまた一人見えた。
「次席殿も登場か…居た堪れなくなってくるなぁ」
「特別講師直々のお呼出しを貰っておいて何をおっしゃいますか」
コーヒーを持つ手とは逆の手を軽く上げて次席と呼ばれた男性は同じ席に着いた。
「特別講師に呼ばれたんだって?おめでとう!」
席に着くや否や男性は祝辞を述べた。
「まだおめでたいかどうかも分かってないんだけど…」
「会えるだけでもおめでたいんじゃないかな?」
眼鏡のブリッジを上げながら男性は再び言葉を添えた。
「あぁ、それは言えてるかもね」
「うーん…ちょっと怖くなってきたな」
破顔しながら彼は言った。
「まぁまぁ、行ってみない事には分からないんだからさ」
「そうそう、行ってから考えても遅くないって」
「好き勝手言うなぁ…まぁ確かにそうだけどね…ふぅ、行ってくるかな」
彼はそう言って椅子から立ち上がった。
「君達は近いかも知れないけど、いつか僕らで同じ立場に立って仕事が出来るといいね」
いつもより目を細くして彼が照れ臭そうに言うと二人は同じ様に笑みを零した。
「今度は同僚としてまた席を囲んで酒でも飲める様になるさ」
「まぁ飲み比べじゃ絶対適わない相手がいるけどな…」
そう言うと主席と呼ばれた男性はコーヒーを飲んでいる男性を指差した。
「ははっ、全くだね。じゃあ、行ってくるよ」
それだけ言って彼は席を後にした。
彼の背中が遠くなるのを残された二人は見つめていた。
「彼もデビューかぁ」
煙草に火を点けながら次席の男性が言った。
「多分そうだろうなぁ」
主席の男性も同じく火を点けた。
「特別講師は現役の765プロのアイドルのプロデューサー。特別講師とは言ってもパンフに名前が載ってるだけ、講義した事は殆ど無し」
「そんな人が呼び出すんだからただ事じゃないよなぁ、絶対…」
「負けてられないね、俺達も!」
「頑張らないとな!」